小川友希さん ―柔軟な学びの環境を求めて都立高校から海外大学に進学【ヒアリング】
本ページに掲載している内容は、2026年3月27日時点の情報です。
東京都は、令和7年度、新たな価値や課題解決を創造し、日本や世界の成長・発展を牽引していく人材を輩出することを目的に、第一線で活躍するグローバルリーダーへのインタビューを中心とした調査を実施しました。 本記事では、調査報告書の中から小川友希さんへのヒアリング内容をご紹介します。
米国・コロンビア大学 小川 友希
小学校から高校まで公立校に通い、海外滞在経験はなし。高校時代には、公益財団法人日本科学協会のサイエンスメンタープログラムに参加し、専門家の助言を受けながら、「植物種子抽出液の浄化作用」について研究を進める。2022年、柳井正財団海外奨学金プログラムに第7期生として採用され、2023年に米国・コロンビア大学に進学。理系分野の学年のうち約10人が選ばれる「ラビ・スカラー」として選抜。現在、学業と並行して、大学内の研究室で働くとともに、学術誌の編集にも携わる。
米国・コロンビア大学入学
成長できる環境を求めて、アメリカの大学に進学。
切磋琢磨できる仲間の存在が、私の原動力となっている。
― 現在、大学ではどのような分野を学び、何に挑戦されていますか?
現在、専攻として「Computational Biology(計算生物学)」を学んでいます。これは、コンピュータサイエンスと生物学を融合させ、生物研究において従来は困難だった問題を計算技術によって解決することを目指す分野です。夏休み等に所属しているラボでは、「妊娠高血圧腎症」と「認知症」の関連性について調査を進めており、最近は論文を2本発表することができました。
副専攻では「Ecology, Evolution, and Environmental Biology(生態学・進化学・環境生物学)」を学んでいます。骨に関する研究に興味があり、具体的には骨の側面にある「栄養管」と呼ばれる小さな穴と、骨の大きさや重さとの関連性について探究したいと考えています。
周囲には一つの分野を突き詰める天才型の学生も多く、憧れることもあります。しかし、私は幅広い分野に興味を持つタイプなので、異なる領域を組み合わせることで自分らしいユニークさを発揮できればと思っています。
― ご自身の行動や成長を支える価値観について教えてください。
私は負けん気が強い方だと思います。高校生の頃、名古屋大学のグローバルサイエンスキャンプの選考を受けましたが、最後まで進めず非常に悔しい思いをしました。その経験がきっかけとなり、次に応募した日本科学協会のサイエンスメンタープログラムでは、より主体性を持って挑戦することができました。悔しい経験があったからこそ、その悔しさをバネにして前に進むことができたのだと思っています。
また、私は周囲からの刺激を受け、「自分も頑張ろう」と思うタイプです。だからこそ、常に自分が成長できる環境に身を置きたいという思いから、アメリカの大学に進学しました。志の高い友人たちに恵まれ、互いに成長を促し合える関係の中で学んでいます。そうした仲間の存在が、私の向上心を支える大きな原動力となっています。
物語を紡ぐ力を原点に、
研究と政策の両面から日本の科学界に貢献する。
― 将来の目標について教えてください。
サイエンスメンタープログラムを通じて、実際に科学を職業としている方々の日常を知ることができたことは、大きな経験でした。特に、メンターとして指導してくださった女性研究者の先生から、日本で女性研究者として活躍する際のハードルについて伺い、多くの示唆を得ることができました。
その経験を通じて、私は「自分の好きな研究や科学を政策の面から支え、日本の科学界に貢献したい」「日本の科学界の地位をさらに向上させたい」という思いを抱くようになりました。
現在はその考えが少し広がり、政策だけでなく、自分自身も研究者として科学に関わり続けたいと考えています。研究経験を持つ立場から政策提言を行うのか、女性研究者としてロールモデルとなるのか、あるいはその両方なのか―その具体的な貢献の形はまだ模索中ですが、研究と政策の双方から日本の科学界に寄与していきたいと思っています。
― ところで、小川さんはどのような子供でしたか?
小学生の頃は小説家になることを夢見ており、物語を書くことが大好きでした。小学校低学年の時には、自作の小説を学級文庫の棚に忍ばせたり、友人と文芸クラブのような活動をしたりと、創作に熱中していました。そうした経験を通じて「物語を展開させること」が自分の得意分野であると感じるようになりました。
また、「小説家になりたい」という気持ちを持つ中で、「いろいろな世界を見て、それを創作に役立てたい」と思いさまざまな挑戦を重ね、「これも面白い、あれも面白い」と興味の幅が広がっていきました。
現在はSTEM(科学・技術・工学・数学)分野に進んでいますが、大学の研究においても「ストーリーを大事にする」という姿勢が求められます。論文執筆では、既存の知見から次のステップを導き、最終的に治療法や応用につながる展開を描いていく必要があります。
その意味で、幼少期から培ってきた「物語を展開する力」は、現在の研究活動においても大きな強みとなっていると感じています。
身近な動機と奨学金の転機が、挑戦への覚悟を生み出し、
海外トップ大学進学へと結びついた。
― 大学の進学先として海外に目が向くようになったのはなぜですか?
最初のきっかけは、海外に住む親戚の存在や英語を話せないことへの劣等感みたいなもので、海外に住むいとことコミュニケーションを取りたいという思いからでした。そこで高校での留学を目指し、東京都の「次世代リーダー育成道場」※1に応募して合格しましたが、残念ながら新型コロナウイルス感染症の影響で留学は中止となってしまいました。
その経験を通じて海外大学への進学という新たな選択肢を知り、強い関心を持つようになりました。ちょうど文理選択を考える時期でもあり、「まだ文系か理系かを決めたくない」という思いがあったため、二重専攻や副専攻が可能な海外大学の柔軟な学びの環境に大きな魅力を感じました。
※1 次世代リーダー育成道場:国内事前研修でさまざまなことを学び、その成果をもって留学にチャレンジする都立高校生等を支援するプログラム。
― 海外のトップ大学への挑戦はどのようなきっかけで始まりましたか?
アメリカの大学は合格率が低いため、当初はコロンビア大学のような有名大学には到底手が届かないと思っていました。しかし、海外大学への出願の前に柳井正財団の予約型奨学金※2に「駄目でもともと」と応募したところ、幸運にも採用していただくことができました。
こちらの奨学金については、指定された大学に合格することが条件となっており、最初に指定大学のリストを見たときは、「この中の大学に合格しなければ奨学金を得られないのか」と驚きました。それでも選択肢がいわゆるトップ大学に限られていたため、「やるしかない」という覚悟が生まれ、挑戦を決意しました。
※2 予約型奨学金:出願前に奨学金の採択が内定する奨学金。進学先の選定や渡航準備など、本人や保護者が安心して進学準備を進めることができる。
遠い存在だった先輩や先駆者の方々も、
直接会って話を聞くことで身近なロールモデルになった。
― 挑戦をする中で逆境や挫折はありましたか?また、どのように乗り越えましたか?
学校の外や海外に目を向けて挑戦したいと思った際、先輩や先駆者の方々の体験談に触れるたびに、その優秀さに圧倒され「自分とは違う」と感じ、心が折れそうになることがありました。人と比べてしまったり、他者の視線を過度に意識してしまったりして、一歩を踏み出すことをためらっていた時期もありました。
その状況を乗り越えるために、記事を読むだけでなく、実際にその方々へ直接コンタクトを取り、お話を伺うようにしました。そうすることで、彼らを「一人の人間」として捉えられるようになり、以前のように自分の自信を削ぐ存在ではなく、「尊敬し憧れを抱ける存在」へと、自分の中で認識を切り替えることができました。それが大きな意味を持ったのではないかと思います。
― 学業面での課題や工夫について教えてください。
学術面では、正直なところ伸び悩みました。アメリカ版の共通テストのような試験のスコアも最後まで思うように伸びず、留学生が必ず受験するTOEFLについても、最後の最後まで苦戦しました。そのため、学業面で「うまくいった」とはあまり感じていません。
私の高校は普通の都立高校で、海外大学進学に向けたTOEFLやSAT(アメリカ版共通テスト)の対策は整っていませんでした。そこで手探りで学習を進め、さまざまな方法を試しました。特にTOEFLではスピーキングが最も伸び悩み、最終的にはその部分を割り切り、リーディング・リスニング・ライティングを重点的に強化しました。これらは学校の授業でもある程度カバーできる分野であり、比較的得意とするところでした。
結果として、自分に合った戦略を見つけ、それを実行できたことが良かったのではないかと感じています。
マイノリティの経験は、自らのアイデンティティを深く意識し、
多様性の中で主体的に学び合う姿勢を育む。
― 海外の大学で学ぶ中で、最も大きな学びや気づきは何でしたか?
最も大きな気づきは「マイノリティになる経験」でした。日本にいると、人種やアイデンティティについて深く考える機会は少ないのですが、アメリカでそれが非常に重要な要素であることを身をもって体験しました。例えば、私の何気ない行動であっても、「日本人だから」「アジア人だから」と受け取られることがあります。「人種」ではなく、「一人の人間として見てほしい」という思いがある一方、多様性な社会の中では、何らかのアイデンティティを持たざるを得ない感覚もあります。実際、日本人であることが、自分の居場所を与えてくれていると感じる場面もありました。
アメリカでは、多くの人が自分の人種的ルーツを大切にしている印象があります。そうした環境でマイノリティとして生活する以上、「日本人」というラベルは常に付きまといます。その現実を受け止めた上で、自らの立場を意識しながら行動するようになりました。
― 小川さんはコロンビア大に進学される前に、日本の大学にも通われていました。日本とアメリカの大学の違いはどのように感じましたか?
どちらが優れているという話ではなく、単に教育のスタイルが異なるのだと思います。日本の大学が合う人もいれば、アメリカの大学が合う人もいる。私自身は日本の大学もとても好きでしたし、もしそこで4年間過ごしていたら、アメリカでは得られない学びを多く得ていたはずです。その意味で、日本を離れるときには名残惜しさもありました。
一方で、アメリカの大学に通って強く印象に残ったのは、制度や学びの仕組みの違いです。特に魅力的だったのは、二重専攻や副専攻が柔軟に選べる点でした。コロンビア大学では「コアカリキュラム」と呼ばれる教養科目が充実しており、どの専攻の学生も幅広い教養を身に付けることが求められます。古典を読み、社会的テーマを学ぶ機会が多く、私はその学びをとても気に入っています。さらに、自分自身が幅広い分野に触れられるだけでなく、周囲の学生も同様に教養を深めているため、専攻が異なる学生同士でも、共通のテーマについて同じ熱量で議論できる点は大きな魅力だと感じました。
周囲の支えと恩返しの循環、そしてリーチアウトの姿勢が
挑戦を可能にし、世界への道を拓く力となる。
― 挑戦を続ける上で、周りからはどのようなサポートがありましたか?
母は、特定の教育方針を押しつけることなく、私の意思を尊重し、自由にさせてくれました。受験期には、日本の共通テストの勉強を後回しにして海外大学の準備に集中していた時期もありましたが、母は何も言わず静かに見守ってくれていました。心の中ではきっと心配していたと思いますが、それを表に出さず、私の挑戦を支えてくれたことに感謝しています。
さらに、出願書類やエッセイの作成に当たっては、ある支援団体から大きな協力を得ました。同団体は、海外大学に進学した先輩方がボランティアで運営しており、エッセイの添削やアドバイスを無償で提供していただきました。私自身も大学一年次にメンターとして参加し、支援の輪を次の世代へとつなげる活動に関わりました。恩を返すことで成り立つこの循環は、挑戦を支える大きな力になっていると感じています。
― 世界で活躍するために必要な能力・スキルは何だとお考えですか?
「リーチアウト※3する力」だと思います。海外の大学では、公式に定められたルールの他に、個別に問い合わせることで柔軟な対応をしてもらえることが少なくありません。例えば、履修登録で定員に達していても、担当教員に「この授業を本当に受けたい」と熱意を伝えることで、受講を認めてもらえることがあります。
こうした経験を通じて、情報収集力や戦略性に加え、リーチアウトの姿勢が特に海外では道を拓く鍵になることを実感しました。この力は、「小さな事でもまずはアプローチしてみる」という行動を重ねる中で、少しずつ身に付いたものです。初めは心理的なハードルもありましたが、「失うものは何もない」と思えるようになることが大切だと感じています。最近では、私のインタビュー記事を読んだ高校生がリーチアウトしてくれたことがあり、とても嬉しく思いました。
※3 リーチアウト:自分から積極的に働きかけて接触・連絡・支援を試みる行為。
若者の海外進学への挑戦には、きっかけとなる情報に触れ、
奨学金や課外活動の機会を活用できる環境づくりが必要。
― 若者に対し、どのようなサポートが必要と考えますか?
日本の若者が海外に目を向けるきっかけは、まだ十分に整っていないと感じています。特に都立高校では、国公立大学への進学実績が重視される傾向があるように思います。もちろん、海外の大学が正解というわけではなく、国内の大学が合う人もいれば、海外の大学の方がより力を発揮できる人もいます。だからこそ、「自分にはどんな環境が合っているのか」を考える際に、最初から選択肢が限られているよりも、多様な進路が視野に入る状態の方が望ましいと思います。そのためにも、海外大学への進学指導を含め、さまざまな進路ニーズに対応できる仕組みづくりが必要だと考えています。
また、課外活動の情報提供や、海外進学経験者とのつながりがもっとあれば、友人同士で誘い合うこともでき、学校全体の雰囲気も変わっていたかもしれません。海外大学への進学者が多い学校では、先生が自然に情報提供を行っていると聞きますが、そうした情報格差も課題だと感じます。
― 同世代の若者や後輩へのメッセージをお願いします。
海外大学進学では、どんなに準備を徹底的にしても、最終的には運に左右されて思うような結果にならないこともあります。正直に言えば、私自身は運が良かっただけで、実力や当時の状況を考えると、海外大学受験はリスクのある決断でした。
海外大学を目指す人は、多くの体験談を読み漁ると思いますが、どうか怖気づかないでほしいです。体験談には、どうしても語り手の視点によるフィルターや生存者バイアス※4がかかります。一人の先輩の経験を絶対視しすぎないことが大切だと思います。また、「経済的に難しいから無理だ」と早々に諦めてしまう人もいますが、実際には利用できる奨学金や課外活動の機会は数多くあります。心理的な負担を軽くするためにも、まずは幅広く情報を集めてみてほしいです。
※4 生存者バイアス:成功した事例や生き残った人々だけを基準に判断し、失敗した事例を無視することで生じる認知バイアス。