坪井俊輔さんが考える殻を破るきっかけ―「多様な課題や人々に触れること」【インタビュー】

 本ページに掲載している内容は、2026年3月27日時点の情報です。

 東京都は、令和7年度、新たな価値や課題解決を創造し、日本や世界の成長・発展を牽引していく人材を輩出することを目的に、第一線で活躍するグローバルリーダーへのインタビューを中心とした調査を実施しました。 本記事では、調査報告書の中から坪井俊輔さんへのインタビュー内容をご紹介します。 

INTERVIEW
VIDEO

※クリックすると動画をご覧いただけます。

坪井俊輔さん
PROFILE

サグリ株式会社 創業者 代表取締役CEO 坪井 俊輔

 大学在学中にスタートアップを2社起業。サグリ株式会社では衛星データとAIを活用し、農地状況や耕作放棄地を可視化する技術を開発。農林水産省のプログラムにも採択されるなど注目を集めている。2023年フォーブス誌アジア版で、「世界を変える30歳未満30人」に選出。

CAREER
 
 
1994年
生まれる
 
2013年
鎌倉学園高等学校卒業
 
2014年
横浜国立大学理工学部入学
 
2016年
株式会社うちゅう 創業 代表取締役CEO
 
2018年
サグリ株式会社 創業 代表取締役CEO
 
2022年
横浜国立大学理工学部卒業

 

人工衛星のデータを使って農地の状況を見える化し、
世界中で人類と地球の共存を実現する。

サグリの事業内容と今後の展望について教えてください。

 我々は人工衛星のデータを活用し、世界中の農地の状況を見える化する技術の開発に取り組んでいます。具体的には、農地において重要な指標である土壌中のpHや炭素量といったさまざまなパラメーターを、衛星データとAIを組み合わせることで測定する技術を開発しました。

 加えて、衛星データを活用することで、農地のさまざまな状況を把握することができます。例えば、日本では農地の十枚に一枚が耕作放棄地となっている現状があります。これまでは調査員の方々がすべての農地をパトロールして目視で確認していました。これに対し、当社の技術を活用することで、耕作放棄地を衛星データにより見える化し、確認が必要な土地のみを効率的に現地調査することが可能となります。

 このように農地の状況を見える化することで、農家の方々の農業改善、農業支援や、行政の方々の業務負荷低減を行っています。

 サグリが目指すビジョンは、「人類と地球の共存を実現する」です。近年では「インパクトスタートアップ」という概念が注目されていますが、当社としては、社会課題の解決に取り組む企業のモデルケースとなることを目指しています。日本の農業課題の解決に加え、将来的には、海外の貧困地域にも我々の技術が浸透し、少しでも現地の方々の所得が上がるような取組につなげていきたいです。
 

耕作放棄地を検出する農地パトロールアプリ アクタバの画面

衛星データとAIを活用し耕作放棄地を見える化

 

「夢見ることができるのなら、それは実現できる」
誰にも理解してもらえなくても宇宙の夢を追い続けた。

― 幼少期はどのような子供でしたか?

 私は小学生のころ、宇宙とディズニーが大好きな少年でした。実家が横浜にあり、ディズニーランドには家族によく連れて行ってもらいました。夢を描くこと、夢を持ち続けたら実現できるということは、ウォルト・ディズニーから教わりました。そして、ディズニーランドのトゥモローランドに感化され、宇宙飛行士になりたいという夢を抱くようになりました。その夢は、周囲にも臆することなく語っていた記憶があります。

 中学生になると、「宇宙エレベーター」の概念に出会い、今度はその研究者を目指すようになりました。宇宙飛行士がロケットに乗って宇宙へ行くのとは異なり、誰もが宇宙に行ける世界を実現したいと思ったのです。ただ、宇宙飛行士よりも非現実的な方向に向かってしまったので、誰からも理解してもらえず、辛い思いをしました。それでも学校の勉強や部活動の傍ら、「ニュートン」などサイエンスの本を読み、夢を追い続けていました。

 

― どのようなご家庭で育ちましたか?

 両親は教育熱心で、小学生の頃には習い事を九つ掛け持ちしていました。さまざまな経験を与えてくれたことに感謝しています。

 一方で、私が反抗期を迎えた頃には、自分のやりたいことと両親の意見がぶつかることもありました。今振り返ると、レールから外れていく私に対して、世間一般のサクセスストーリーに乗せたいという親心があったのだと思います。今は打ち解けていますが、当時は衝突も多く、親から反対されることで、自分の人生について常に考えていました。

 

夢を失った中高時代。
当時は苦しかったが後の起業につながった。

― これまでに直面した逆境経験を教えてください。

 中高時代のいじめです。中学2・3年頃から、周囲の同級生たちは現実的な進路や将来像を意識し始めるようになり、「夢を語るのはダサい」という風潮が広がっていきました。そんな中でも私は夢を持ち続けていたので、「生意気だ」と受け取られ、周囲と対立するようになりました。

 その頃から、自分の夢が見えなくなってしまっていました。宇宙を目指したい、宇宙エレベーターを作りたいという思いを、周りから否定され続け、いじめをどう生き抜くかということに意識を向け続けた結果、夢は自然とどこかに行ってしまったのです。

 当時は支えになってくれる人もおらず、心の中のモヤモヤをソフトテニス部の活動で発散したり、受験勉強に没頭することで逃避したりしていました。高校3年生になる頃には、周囲も少しずつ大人になり、いじめも次第に収束していきました。

 いじめられていた時期は非常に苦しいものでしたが、この経験から得た「周囲が子供の可能性を信じきれず、子供が夢を追い続けられない環境を変えたい」という思いが、後の起業につながっています。

 

留学と起業家養成プログラムで価値観を揺さぶられ、
自分の原点や本当にやりたいことを見出した。

―人生において転機となった出来事は何ですか?

 大学1年生の夏、何をすればいいのか分からず、アルバイト中心の日々を送っていました。昼は予備校でチューターとして働き、夜はファミレスで夜勤をこなす日々。あまりにも繰り返しすぎて、寝ながらハンバーグを作れるようになりました。自分の人生が間違った方向に進んでいると感じ、この環境から抜け出す必要があると考えました。そこで両親に「グローバルに活躍したいから、英語を学ぶ機会をください」とお願いし、イギリスへの1か月の短期留学に行きました。

 留学先では、「英語を学んで何をしたいのか」を語る場面がありました。他の学生は堂々と自分の夢を語っていましたが、当時の私は夢を見失っており、「英語が話せた方が良い」程度に考えていたため、何も語ることができず、悔しさから涙も流しました。その後、自らのアイデンティティについて考えた時に、自分の原点が「宇宙」だったことを思い出したのです。帰国後すぐに、宇宙の研究ができる研究室を探し、大学1年の後期から所属させてもらいました。

 さらに価値観が大きく揺さぶられたのは、Makers University※1に参加した時です。そこに集まった大学生たちはまさにぶっ飛んでいて、普通ではないことが普通という環境でした。その中で過ごした経験は、自分の可能性と価値観を大きく広げてくれました。

 Makers Universityでは、南場智子さんや出雲充さんといった方々の話に大きな刺激を受けました。そして直接のメンターである丸幸弘さんから「人生をかけて何を成し遂げたいのか」と問い続けられたことは、今も自分の芯となっています。

 異なる世界に飛び込むことで、自分の原点や本当にやりたいことが見えてきました。そして「人生をかけて本気で取り組むことは何か」と問われ続けた経験こそが、私にとって大きな転機となりました。

※1 Makers University:NPO法人エティックが運営する起業家養成プログラム。

 

自分の原体験や目の当たりにした現実がモチベーション。
世界中の子供たちが少しでも自分の夢に近づける環境を。

―日々の活動や挑戦のモチベーションの源泉は何ですか?

 私のモチベーションは、過去の原体験と、現実を目の当たりにした経験に根差しています。中高時代に経験したいじめや夢の挫折、大学での留学体験、そして価値観の異なるコミュニティでの出会い、それら一つひとつの積み重ねが、社会課題の解決に向けて行動する力となっています。

 最初に立ち上げたのは、「株式会社うちゅう」という教育系のベンチャー企業でした。中学・高校時代にいじめを受け、宇宙への夢をなくしたことから、子供たちが周りに飲まれることなく、夢に向かって突き抜けるためのサードプレイスのような場をつくりたいと考え、起業に至りました。

 その後、ルワンダで小学生に夢を語ってもらう授業を行った際、日本の子たちと同じように、彼らも無邪気に夢を語ってくれました。ただ、大きく異なっていたのは、ルワンダの多くの子供たちは中学・高校に進学できず、農業に従事するようになること、そして彼らもそれを自覚していたことです。その農業も、非効率的な重労働で、賃金も低い。その厳しい現実を目の当たりにしたことで、誰もが夢に近づける環境をつくるためには、教育だけでは不十分で、根本的な課題を解決しなければならないのだと強く思ったのです。帰国後、その思いを抱えていたタイミングで、偶然にも衛星データが無償公開されるというニュースを知り、農業と結びつける発想に至って、「サグリ」を立ち上げました。

 私にとって「サグリ」の原点は、純粋に課題解決に向けて行動することです。自分の子供を含め、今の子供たちが生き生きと暮らせる社会をつくる責任や使命感も、日々の活動を支える大きな動機となっています。

 創業当初は目の前の課題に向き合うことで精一杯でしたが、次第に俯瞰的な視点を持つようになり、気候変動や安全保障といった、より広いテーマとも事業がつながっていることが見えてきました。
 

ルワンダでの授業の様子

ルワンダでの授業の様子

価値観の異なるコミュニティに飛び込み揉まれることが重要。
そこで得る新しい視点や価値観が、自分の殻を破るきっかけに。

― グローバルで活躍するために必要な能力や経験は何ですか?

 「価値観の異なるコミュニティ」に飛び込み、そこで揉まれる経験が大切だと思います。そうした環境に身を置くことで、自分がそれまで属していた狭い価値観やコミュニティを自然と俯瞰して理解できるようになります。

 このような経験は、必ずしも海外である必要はなく、国内でも構いません。多様な課題や人々に触れることで、新しい視点や価値観が育まれ、自分の殻を破るきっかけになります。

 特に学生の皆さんには、社会で働く大人と出会い、本気で何かに取り組む経験を積んでほしいと思います。地方での短期合宿のような取組や、大人との交流の機会も非常に有効です。多様な環境で揉まれることで、新しい価値観が養われ、最終的には地球規模で影響力を発揮できる人材へと成長していけると考えています。

 

― 若者に対し、どのようなサポートが必要と考えますか?

 若者の海外経験を支援する制度として、「トビタテ!留学JAPAN」のような仕組みは、東京都にも必要だと思います。プログラム自体は数多く存在していますが、参加者はどうしても意欲や環境が整った層に偏っている印象があります。

 だからこそ、関心のある若者を発掘し、積極的に支援していく取組が重要だと考えています。国内外を問わず、多様な価値観に触れられる場を増やし、若者が自らきっかけをつかみにいける機会を充実させてほしいです。

 

不安を感じても大丈夫。
失敗しても前に進み続ければ、納得できる世界が広がる。

― 若者へのメッセージをお願いします。

 社会は混沌としていて、不安を感じる場面も多いかもしれません。しかし、諦めずに挑戦を続けることで、必ず道は切り拓かれます。小さなきっかけをつかみ、一歩を踏み出すことで、価値観が大きく変わり、自分自身の「人となり」が形づくられていきます。

 不安を感じても大丈夫です。挑戦を続け、たとえ失敗しても切り替えて前に進み続ければ、必ず自分が満足し、納得できる世界が広がっています。何も心配する必要はありません。
 

空を見上げる坪井さんとお子さん

記事ID:111-001-20260628-013098