田中沙弥果さんから若者への言葉 ―「自分の可能性が無限であることを知ってほしい」【インタビュー】

 本ページに掲載している内容は、2026年3月27日時点の情報です。

 東京都は、令和7年度、新たな価値や課題解決を創造し、日本や世界の成長・発展を牽引していく人材を輩出することを目的に、第一線で活躍するグローバルリーダーへのインタビューを中心とした調査を実施しました。 本記事では、調査報告書の中から田中沙弥果さんへのインタビュー内容をご紹介します。

INTERVIEW
VIDEO

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田中沙弥果さん
PROFILE

特定非営利活動法人Waffle 理事長 田中 沙弥果

 ジェンダーギャップが大きいテクノロジー分野において、女子やノンバイナリーの中高生・大学生へのプログラミング教育やキャリア支援に取り組む。教育やダイバーシティ推進の分野で活躍し、2024年、世界経済フォーラムの「Young Global Leaders 2024」に選出。

CAREER
 
 
1991年
生まれる
 
2010年
大阪府内の公立高校を卒業
大学入学 英語や国際関係を専攻
 
2012年
米国テキサス州立大学留学
 
2014年
大学卒業
 
2017年
NPO法人みんなのコード入職
 
2019年
一般社団法人Waffle 設立 (現特定非営利活動法人Waffle)

 

テクノロジーを活用し、社会に変化をもたらす女性を増やすため、
ジェンダーギャップの壁に挑み続ける。

現在のご活動について教えてください。

 日本では、15歳時点で男女の理数系学力にほとんど差がないにも関わらず、多くの女子が高校の文理選択の段階で理系を離れてしまう現状があります。私はこうしたテクノロジー分野におけるジェンダーギャップを解消したいと考え、「Waffle」を立ち上げました。

 「Waffle」では、女子やノンバイナリー※1の中高生と大学生を対象に、テクノロジー分野で活躍できる人材の育成に取り組んでいます。プログラミングやAIの基礎を学ぶだけでなく、英語でビジネスプランを作成したり、海外の学生とチームを組んでアプリを発表したりと、実践的かつグローバルな経験を積めるよう工夫しています。

 また、教育現場にとどまらず、政策提言にも力を入れています。政府の基本方針には5年連続で理系女性支援が盛り込まれ、直近ではAI分野のジェンダーギャップへの言及も実現しました。AI開発では女性技術者の割合が低いことでデータの偏りが生じ、差別や不公平につながる恐れがあります。だからこそ、多様な人材が当たり前に活躍できる社会を目指して活動を続けています。

※1 ノンバイナリー:自身の性自認・性表現を男や女といった枠組みに当てはめない人。

 

― 今後の展望について教えてください。

 若者の学びを、地域社会の課題解決へとつなげていくことを目指しています。例えば、観光業や水産業といった産業と結びつけ、デジタルの力で課題に挑戦できる取組へと広げていきたいと考えています。

 

日本政府への政策提言の様子

日本政府への政策提言の様子
 

リーダーシップを培ったガールスカウト。
常に肯定してくれた母の存在が、新たな挑戦の後押しに。

― 小学生時代はどのような子供でしたか?

 小学生の時はガールスカウトに参加していました。女子のリーダーシップを育む場で、地域で「道路に飛び出さないで」といった交通安全のポスターを作ったり、課外活動に取り組んだりしました。課題に対して大人と協力しながら取り組むのがとても好きでした。

 学校では普段は前に出るタイプではありませんでしたが、クラスで問題が起きると自然に行動に移すことが多かったです。三姉妹の真ん中として育ち、全体を見渡しながら自分の役割を考えることも多かったので、柔軟に立ち回ることができていたのかもしれません。

 

― 中高時代はどのように過ごされましたか?

 中学・高校に進むと、小学校の頃のようにリーダーシップを取ることはなくなりました。高校ではバトントワリング部に所属し、全国大会を目指す看板の部活だったこともあり、熱心に練習に打ち込んでいました。一方で、将来の進路については薬学系の大学を目指していたのですが、思うように成果が出ず、最終的には国際関系の大学に進学する道を選びました。

 

― どのような家庭で育ちましたか?

 やりたいことに対して環境を与えてくれる家庭だったと思います。三姉妹それぞれ「自分で好きに習い事を選んでやっていい」と言われていました。私は週の大半を埋めて忙しくしていたのですが、妹は私を見て「そんな忙しいのは嫌だ」と言い割と緩くやっていたと思います。お金は負担するので、あとは自分で選びなさいという形です。

 また、母は周囲と比べない人で、常に前向きな言葉をかけてくれたのを覚えています。その影響で、失敗や挑戦をネガティブに捉えることなく、新しいことに挑戦できるようになったと感じています。

 

海外で活躍するために必要なのは、語学力だけでなく、
自分の軸を持ち、多様な価値観に触れて問い続ける力。

― 大学時代の経験を教えてください。

 国際関係の大学だったため、周囲には海外で活躍したい学生が多く、英語を話せるだけでは不十分だと厳しく指導されました。私自身も大学在学中に留学を予定していたため、その準備の一環として、マインドセットを整えるためのプログラムを受講しました。

 このプログラムでは、「自分はどのような人間か」「どんな仕事をしたいのか」という自己探索から始まり、最終的に「海外でどのようなチャンスをつかみたいのか」を考えるプロセスを踏みました。それまで私は「薬剤師」や「理学療法士」といった職業を漠然と考えたことはありましたが、自分の内面まで掘り下げて考えたことはなかったので、新鮮な体験でした。

 自分と向き合ううちに、「教育に携わりたい」という気持ちがあることに気づき、自分の軸を意識した上で、1年間のテキサス留学に臨むことができました。

 

― 1年間のテキサス州立大学への留学以外にも、何度か短期留学をされてるようですが、そこから学んだことはありますか?

 私は高校時代に2週間オーストラリアへ、大学時代に1か月カナダへホームステイをしていますが、若いうちに海外に行ってみることは、多様な視点で物事を考えられるようになるという意味でとても有益だと思います。

 オーストラリアでは授業中に自由に飲み物を飲んだり、トイレに行けることに驚きを覚え、カナダでは父親が子供の送り迎えを担う姿を見て「こういう形もあるのだ」と新鮮に感じました。日本にいると考え方が一つに偏りがちですが、海外経験を通じて「必ずしもそうではない」と実感できたことは、大きな学びとなりました。

 

留学先での学びは、
自分でチャンスをつくるマインドとテクノロジーの楽しさ。

― 留学先での印象的な挑戦経験はありますか?

 テキサス留学中、現地の小学校でボランティアをしたいと思い、自ら学校に交渉しました。最初は「前例がない」と断られましたが、「どうしてもやりたい」と伝え続けた結果、小学生のティーチングアシスタントとして受け入れてもらうことができました。

 行動に踏み出せたのは、大学の仲間たちが自ら機会をつかもうと行動していた姿に刺激を受けていたからだと思います。高校まで通っていた日本の公立学校では、自分から行動を起こすことはあまり期待されず、むしろ「出る杭は打たれる」という雰囲気がありました。しかし、大学や留学先の環境は全く異なっていました。

 ここで出会った「やりたいことは自分でチャンスをつくり、自分で取りに行くものだ」という価値観は、自分にとても合っていました。そこから私の「やりたいことをどう実現するかを考え、実践していく」訓練が始まっていったと思います。

 

― テキサス留学中に転機となるきっかけがあったとお聞きしました。

 テキサスで参加した「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」というイベントが、大きな転機となりました。テクノロジー、映画、音楽の祭典で、街全体がまるで巨大なブースのように変わり、至るところでライブが行われていました。最先端のテクノロジーに直接触れることができる場で、当時ではまだ珍しい、スマホで飲食を注文できたり、スマホに描いた絵をそのままTシャツにプリントしてくれるブースがあったりと、とても新鮮で衝撃的でした。

 それまでテック業界に対しては、「暗い」「難しい」といったイメージを持っていましたが、こんなにも「エキサイティング」で、「未来にあふれた世界」なんだと感じました。自分もこの世界で働きたいと強く思いました。

 

帰国後に興味を持った起業の道。
働きたい環境がないのであれば、自分でつくればいい。

― 起業のきっかけについて教えてください。

 「テック業界で働きたい」という気持ちで大阪に戻りましたが、日本で「IT 求人」を検索しても、自分の思い描いていたイメージに合う業界が見つかりませんでした。働きたいと思える会社がないのに、働きたくない会社で無理に働かなければならない、そんな状況が嫌でした。

 その時、母が「なんで既存のレールに乗ろうとするの?それなら自分で作ってみればいいじゃない」と言ってくれて、その言葉をきっかけにマインドが変わりました。そこから、「もしかしたら起業も選択肢なのかもしれない」と思うようになりました。

 手がかりを探すようにそこから大阪イノベーションハブに足を運び、セミナーをのぞいたり、エドテック(教育×IT)のスタートアップでアルバイトをしたりしながら、少しずつ起業家コミュニティに関わるようになっていきました。「スタートアップ」や「エコシステム」といった言葉を知ったのも、この頃です。

 

― 起業の道に進むと決めた時の周りの反応はどうでしたか?

 周りの友人からは「やめておいた方がいい」「現実を見て」という反応が多かったです。「そんなふわふわしたアイデアでは絶対に無理」と長文のLINEが届いたこともあります。みんな安定した職を目指していたので、価値観が全く違っていました。何を言っても伝わらない、そんな気持ちでした。

 当時はそうした友人たちとは少し距離を置き、その代わりに、前向きなアドバイスをくれたり、応援してくれる人たちと関わるようにしました。

 

「うまくいかなかった」経験が、次の挑戦への足がかりに。
理想を実現するためには、自ら学びに飛び込む姿勢が必要。

― これまでに逆境や挫折の経験はありましたか?

 起業の足がかりとして「Girls in Tech」という、テクノロジー業界で働く女性をエンパワーメントするボランティア組織を立ち上げたのですが、半年ほどで活動がフェードアウトしてしまいました。ボランティアベースとはいえ、資金の運用やチームマネジメントなど、さまざまな課題に直面し、それに対応できるスキルが自分には足りませんでした。今のままでは起業してもうまくいかないと痛感しました。

 

― 困難をどのように乗り越えていったのでしょうか?

 諦めずに動き続けていた中、楽天グループ創業者の三木谷浩史さんの記事との出会いが、次の一歩を踏み出すきっかけになりました。そこには、「起業に必要なのは、資金を集める力・仲間を集める力・応援される力の三つであり、それを最短で身に付けるには、既に成功を収めたシリアルアントレプレナー※2のもとで経験を積むことが近道だ」と書かれていました。

 その言葉に背中を押され、私はFacebookでシリアルアントレプレナーを探し始めました。そして、NPO法人みんなのコードの代表である利根川裕太さんに連絡を取り、「仕事を手伝わせてください。2年間修行させてください」と直談判しました。最初は「この子で大丈夫だろうか」という反応だったと思いますが、「20代のうちに起業したい」という強い思いを伝えたことで、チャンスをいただけたのだと思います。私はスーツケースひとつを持って、大阪から東京へ飛び込みました。

※2 シリアルアントレプレナー:継続的に新しいビジネスを立ち上げたり、既存のビジネスを改革したりする人々

 

― 「みんなのコード」はどのような環境でしたか?

 成長するには理想的な環境だったと思います。利根川さんはラクスルという上場企業の創業メンバーであり、シリアルアントレプレナーとして豊富な経験を持っていました。さらに当時のメンバーは非常に少数だったため、代表の直下で密度の濃い経験を積むことができました。

 

「女子は苦手」という固定観念を打ち破る。
「誰かが変えてくれる」ではなく、「自分が変える」。

― どのような経緯でWaffleの立上げに至ったのでしょうか?

 Waffleが女子生徒・学生をエンパワメントする組織として立ち上がったのは、「みんなのコード」で小学生向けイベントを行う中で感じた違和感がきっかけでした。

 小学校でプログラムの授業をした際には、男女差は全く感じず、みんな楽しそうに取り組んでいて、「女子はテクノロジーが苦手」ということもありませんでした。一方で、中高生向けのイベントに参加すると、参加者の比率は20:1と、急に男子ばかりになっていました。周囲の人に「どうして女子が少ないんだろう」と尋ねると、「女子はプログラミングが苦手だからじゃない?」と言われ、その言葉に強い違和感を覚えました。

 そこで、女子中高生向けのアプリ開発イベントを自分で企画・運営してみました。すると、災害時の物資管理など、社会課題に真剣に取り組むユニークなアプリが次々と生まれました。「機会さえあれば女子も十分に力を発揮できるのに、社会から『プログラミングは苦手』と過小評価されてしまうのはおかしい」という思いが次第に強くなりました。

 当初は、中高生向けにプログラミング教育を行うのは「エンジニア出身の誰かがやるべきだ」と考えていましたが、誰も立ち上がらない状況を前に、「自分がやらなければ」と腹を括りました。その頃ちょうど小学校でのプログラミング教育必修化や大学入学共通テストへの「情報」導入が迫っており、今動かなければ男女格差が固定化するという強い危機感もありました。

 さらに、女子が理系を離れやすい「文理選択」のタイミングこそ最も介入効果が大きい「レバレッジポイント」だと考え、そこに注力すべきだと判断しました。

 そして、2019年にWaffleを立ち上げました。

女子中高生向け国際アプリコンテストの様子

女子中高生向け国際アプリコンテストの様子
 

信じて前に進む力がチャンスを呼び込む。
AI時代に求められるのは、実践的なソフトスキル。

― 起業後、これまでの原動力となってきたものは何でしょうか?

 「自分たちの可能性はまだこんなものじゃない」と常に思っています。大変な時期を乗り越えると、ビッグチャンスが訪れることが多かったです。また、有名大学出身でもエンジニア出身でもない自分が「どうやって結果を出し、信頼を得るか」を考え抜くこと自体が、挑戦であり楽しさです。

 

― これまでのご活動の中で、特に求められた力は何だったとお考えですか?

 常に自分の行動を信じて前に進む力、物事をポジティブに捉える力、ストレス耐性は欠かせなかったと思います。また、機会をつかむには意欲と積極性が不可欠で、私は常に「次のステップに進むには何が要るか」「誰にアプローチすれば扉が開くか」を考え動いてきました。

 

― 過去の自分にアドバイスできるなら何をアドバイスしますか?

 直接海外の大学に進学するようにアドバイスします。学生時代の交換留学先のテキサスでは授業前に大量の本を読み、授業では活発に議論を交わすのが当たり前でした。そうした教育スタイルのほうが自分には合っていたと思います。

 

― グローバルリーダーに必要な能力・スキルは何だとお考えですか?

 これからの時代は、ソフトスキルを伸ばすことがさらに重要になると感じています。AIの進展によって、単に知識や学力だけでは評価されない時代になりました。求められるのは、課題を設定する力、分析的思考、そしてクリエイティブシンキングです。現実の課題解決に対して自分で考え、手を動かして試行錯誤できることが、グローバルで活躍するための土台になると思います。

 

自らの意思を形にし、社会に働きかける経験こそが、
未来を切り拓く力を育てる。

― 若者に対し、どのようなサポートが必要と考えますか?

 まず、学校における探究学習では、発表で終わらせない仕組みづくりが非常に重要だと感じています。課題を見つけ、調査し、解決策を考えるだけで完結するのではなく、そのアイデアを実際に形にしてみる。そして、自分の考えを社会に投げかけ、フィードバックを受け取る。そうしたプロセスを通じてこそ、生徒自身が課題を設定し、深く考える力が育まれていくのではないでしょうか。

 また、若者の成長を支える上で欠かせないのは、学校の枠を越えた課外活動の場を広げていくことです。課外活動は、教室では得られない実践的な学びを提供し、自ら考え、行動する力を養います。さらに、学校外で多様な大人や仲間と出会うことで、視野が広がり、進路選択や将来の可能性にも大きな影響を与えると感じています。

 こうした取組の中で特に大切なのは、若者が「やってみたい」と思ったことを、大人が最後まで支え、実現まで導くことです。自分の意思を形にし、やり切った経験は、本人にとって成功体験となり、次の挑戦につながります。

 中高生は「これをやってもいいですか」と、つい許可や正解を求めてしまいがちですが、これは学校教育の中で「正解を出すこと」が重視されてきた背景があると思います。これからの時代は、自分の頭で考え、大人を説得し、周囲の協力を得ながら実現する経験を積むことが、より一層求められていくのではないでしょうか。

 

― 若者へのメッセージをお願いします。

 中高生の皆さんには、まず自分の可能性が無限であることを知ってほしいです。「こうやりたい」と思ったことは、ためらわずに大人にどんどん伝えてください。たとえ一人の大人に「無理だ」と言われても、別の人に相談すれば「こういうやり方があるよ」と教えてくれるかもしれません。やりたいこと、試してみたいこと、進んでみたい方向があるのなら、ぜひ声に出して大人に伝えてください。そうすることで、新しい機会をたくさん得られるはずです。

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