武田秀太郎さんが若者に大事にしてほしいこと ―「自分の直感を信じて一歩踏み出す」【インタビュー】
本ページに掲載している内容は、2026年3月27日時点の情報です。
東京都は、令和7年度、新たな価値や課題解決を創造し、日本や世界の成長・発展を牽引していく人材を輩出することを目的に、第一線で活躍するグローバルリーダーへのインタビューを中心とした調査を実施しました。 本記事では、調査報告書の中から武田秀太郎さんへのインタビュー内容をご紹介します。
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京都フュージョニアリング株式会社 共同創業者
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 准教授
武田 秀太郎
2019年、日本初の核融合スタートアップとして、京都フュージョニアリング株式会社を共同創業。核融合発電の実現により、人類のエネルギー史に革命を起こすことを目指す。2021年「ForbesJapan 100」ほか受賞多数。
京都大学工学部物理工学科入学
京都フュージョニアリング株式会社 共同創業
エネルギー問題の解決は人々を幸せにする。
この信念が「地球上に太陽をつくる」挑戦へと掻き立てる。
―武田先生が研究されている核融合について教えてください。
太陽は50億年燃え続けている。でも、よく考えると、宇宙には酸素がなく、本来、モノは燃えないはず。それにも関わらず、太陽だけが酸素がないところで燃え続けられる。この謎を解き明かしたのがアインシュタインです。彼が発見した太陽の特別な反応が核融合。この核融合反応を地上で実現する、簡単に言えば、「地球上に太陽をつくろう」というのが私の研究です。核融合の燃料には、海水中に含まれる重水素やリチウムを使うため、二酸化炭素を排出せず、事故の危険性も低く、核のゴミも出ません。人類が何千万年にもわたって利用可能なエネルギーを生み出そうというチャレンジです。
― 起業し、エネルギー研究に取り組まれる経緯を教えてください。
中学の卒業文集に「大学発ベンチャー」について書いていました。当時はまだ珍しい存在でしたが、大学発ベンチャーは自分の好きなことを仕事にできる「天国へと続く扉」だと書きました。こういった自由な発想や尖った挑戦を認めてくれる懐の深さがある中高でした。
大学でも自由な学風を求め京大に進学するのですが、その在学中に東日本大震災が起きます。原子力災害を目の当たりにし、科学者として「エネルギーが人々の生活をどう変えるか」を痛感したのです。
エネルギー問題をより肌感覚で捉えるために、修士2年でバングラデシュにJICAの海外協力隊として行きました。そこで実際に農村部で村人の方と生活を共にするのですが、電気は1日に4・5回停電しますし、一度停電すると数時間は付きません。冷蔵庫も使えないため、食料を保存することもできません。電気がないので勉強もできません。電気というものの大切さを肌身で経験し、エネルギー問題の解決が人々の幸せに直結することを強く実感しました。
中学生の時に考えた大学発ベンチャー、原子力災害、バングラデシュでの経験、これまでのことが数珠のようにつながり、世界を変えるエネルギーの実現に身を投じようと決意しました。
子供の「なぜ」に真剣に向き合う環境が
探究者としての素地を育む。
―ご自身の資質や価値観は、どのような経験から育まれましたか?
私は子供の頃から細かいことが気になり、その原因を突き詰めずにはいられないような子供でした。何かに興味を持つと夢中になり、特に科学には強く惹かれました。
「なぜ?」と疑問を持ち、親に説明を求めることが多かったです。父が科学者、母が教育関係者だったので、例えば、「なぜ空は青いのか」といった素朴な問いにも真剣に答えてもらえる環境でした。
「当たり前」に疑問を持てる子供こそが純粋なサイエンティストだと思っています。子供の疑問に真剣に向き合ってくれる大人や環境がとても大切だと実感しています。
― 夢中になって深く掘り下げた経験を教えてください。
小学校5・6年生の頃、「ASIMO」※1が発表された時、「日本の技術力で、こんな人間のようなロボットが作れるのか!」と、感動すると同時に、「自分で作りたい」と強く思いました。父が「これが分かりやすいだろう」と選んでくれた専門書などを読みながら、人の関節の仕組みや歩行の原理を1年かけて勉強し、最終的にゼロから二足歩行ロボットを完成させることができました。
周囲の大人や学校の先生には、自分でゼロから作ったことをなかなか信じてもらえず悔しい思いもしましたが、自分で調べ、やり抜いたことは誇りでした。何かをやりたいと思ったら徹底的に調べ、考え抜き、周囲の力も借りながら挑戦する姿勢は今も変わりません。このような姿勢が育まれたのは、科学者の父が私の好奇心を尊重しながらも、子供扱いせず、一人の対等な科学者として接してくれたことも、大きいです。父は優しいのですが、学問のことになると全く手加減しません。「分からないなら考えなさい」と正面から向き合ってくれました。
※1 ASIMO:本田技研工業株式会社が開発した世界初の本格的な二足歩行ロボット。
「科学は世の中の役に立ってこそ」という想いが
逆境を乗り越える原動力。
― 10代の頃に影響を受けた人物や書籍はありますか?
私の家系は、代々科学者なのですが、祖父や父から「科学は世の中の役に立ってこそ意味があるもの」と幼少期からずっと言われていました。
また、伝記が好きでよく読んでいましたが、高校生の頃、アインシュタインの「誰かのために生きてこそ人生に意味がある」という言葉にも感銘を受けました。当時、私は物理に関心もあったのですが、天才物理学者でさえ、根底には社会への貢献があるのだと。自分もその道を信じるきっかけになりました。ホーキング博士も読みました。物理学は真理の探究だけでなく、社会貢献とも表裏一体であると考えるようになりました。科学は人の生活の役に立つためにあると、父や母からも繰り返し言われて育ちましたが、やはりそうなんだと心から納得しました。
科学者として生きていく中で、論文を書かなければならない、誰かと競争しなければいけないなど、辛いことはいっぱいあるわけです。図書館にこもってパソコンの前にいると「自分は何のためにこれだけ辛いことをやっているんだ」と思うことがたくさんあります。そのとき、「これを完成させれば、これだけの人が幸せになるんだ」と思えると、それだけで力が湧いてきます。
JICA海外協力隊としてバングラデシュで活動
「人の幸せは何か」という根源的な問い。
問題を論じる日本人、とにかく行動するアメリカ人。
―武田先生はハーバード大学に留学されました。その動機や現地での学びについて教えてください。
留学のきっかけは、JICA海外協力隊としてバングラデシュで活動したことに遡ります。バングラデシュは最貧国というイメージがありますが、地方では五毛作ができるほど土壌が肥沃で、自然が豊かです。そこで日々のんびり生きている人たちがいて、とても幸せそうに見える。一方で、都市部ではお金を稼ぐために必死に働きながらも、疲弊しきった人たちが多くいました。
この経験は私に対し、「人の幸せとは何か」というより根源的な問いを突き付けました。エネルギーを多く使うことにより、生産が拡大し、さらにより多くのエネルギーが必要となる、結果、さらに環境が破壊されていく。その先に人々の幸せはあるのだろうか。自分のエネルギー研究は、本当に人々を幸せにするのだろうかと。
この問いから、今の日本の科学研究に足りない視点は、持続可能性や経済的・社会的な観点だと考えたのです。そこで、サステナビリティを体系立てて学べるハーバード大学大学院に留学しました。
留学先で痛感したのは「問題を論じるだけで満足しがちな日本人」と「とにかく行動するアメリカ人」の違いです。アメリカ人は10人がとにかく行動し、9人が失敗するわけです。ただし、一人が大きな成功を収めて世界を変えていく。
このことは、「日本人でも行動を起こし、世界を変えていける。それを証明したい」という想いとなり、京都フュージョニアリング創業のきっかけにつながっていきました。
留学先のハーバード大学大学院にて
多様な人間が切磋琢磨することでリーダーは育まれる。
他人の意見で自分を表現するのではなく自身の軸を持つ。
― ハーバードはグローバルリーダーの育成機関としても有名です。グローバルリーダー育成のポイントは何だと感じましたか?
日本人は、カリキュラムと教材を用意すれば、リーダーを教育で育てられると考えている節があります。しかし、多様な背景、考え方、価値観を持つ仲間、ライバルがひとところに集まって、切磋琢磨することでのみリーダーシップは育まれます。アメリカの大学というのは、そのことがよく分かっています。そのため、入試の段階から、その人の性格であるとか、これまでの実績といったものを精査します。学問肌の人、経済的に苦労してきた人、ムードメーカーの人など、さまざまなタイプの人を集めてクラスを作ります。
学力として優秀な人間が大学に入るべきというのが、日本の大学教育の根底にある考え方です。それは、社会の公平性を担保するに当たって、重要です。一方で、それは均質化された頭のいい人たちが大学に入り、その人たちがそのまま社会で偉くなるということであり、そうした社会である限り、ダイナミズムは生まれにくいだろうと思います。
― グローバルリーダーに必要な能力・スキルは何だとお考えですか?
最も大事なのは、自分自身の軸や考え方を持つことです。集団主義で周囲に合わせる日本的な考え方はグローバルな場では通用しません。他人の意見で自分を表現するのではなく、自分自身の考えを持ち、新しい価値観を提供できることが必要です。
人は、置かれた環境によって大きく形づくられるものだと感じています。だからこそ、自ら進んで多様なコミュニティに身を置くことが重要だと思います。たとえ短期間の留学であっても、「自分の知っている世界とは異なる世界がある」という実感を得ることができます。海外はまさにそのような「違う世界」であり、新たな気づきを得るには非常に適した環境です。海外経験をするタイミングについては、年齢にこだわる必要はないと考えています。
「普通」というレールを踏み外すことが
その後のリスクテイクにつながり、人生を変えていく。
― 逆境や挫折はありましたか、また、どう乗り越えましたか?
挫折は山ほどあります。成功と失敗の比率は1:5で失敗の方が多いです。中でも堪えたのは、自衛隊から京大に復学した際の経験です。
東日本大震災の際、津波のテレビ映像を見ていて、「このような状況下で、自分は社会の役に立てているのだろうか」と強く自問しました。そこで意を決して、京大を2年間休学し、自衛隊に入隊しました。入隊後は米軍との通訳担当官になり、被災地復興にも貢献することができました。ただ、復学した時、同級生は先輩になり、就職先も決まっている。それを目の当たりにした時、「もう私は普通の人生は歩めないのだろう」と不安に駆られたのです。創業した時も、「清水の舞台から飛び降りる」ような覚悟でした。当時は普通というレールを踏み外すと、そこに大きな闇があると勝手に思い込んでいたし、思わされていた。当時の私と同じような思いに、今、日本の多くの若者もとらわれていて、リスクが取れない状況に縛られているのではないでしょうか。
しかし、休学も起業も、実際は階段を一段降りるような、それくらいの話なのです。何ていうことはない。成功した起業家は、さぞ何年もかけて準備し、考え抜いた末に起業したに違いないと思われがちですが、みんなその場の思い付きで起業しています。もちろん、その陰には人知れない失敗もいっぱいあるわけですが、思い付きで行動して全然よいのです。
だからこそ、若い人たちには衝動的でも思い付きでいいから、一度でもレールを踏み外す経験をしてほしいですし、社会にはそれを許容する環境が必要です。「レールを踏み外しても、全然普通に生きていける」という感覚は、その後のリスクテイクにつながり、人生を大きく変えていきます。
リスクを取って行動した結果、失敗してもいい。
ただ、自分が誇れるチャレンジをしてほしい。
― 若者に対し、どのようなサポートが必要と考えますか?
先ほどのレールの件で言えば、もっと多様なロールモデルを若い人たちに提示すべきです。日本の学校は、スピーカーとして「きれいな経歴の人」を呼びがちですが、世界で活躍している人の多くは決してきれいな経歴の人でなく、むしろ無茶苦茶な経歴であり、そういう多様な人たちが世の中にいるということを伝えることは大切です。
また、とにかく早いうちに失敗させることが大事です。リスクを取って行動した結果、失敗してもよいので、自分が誇れるチャレンジをすること。子供や若者を信頼して、そういった経験ができる場所を提供できるかは、社会や大人の腕の見せ所です。野に放たなければ強い意志は芽生えません。
「野に放つ」ということで言えば、海外に行くと、必ず何らかの発見や学びがありますし、日本の良さも分かります。時刻表どおりきちんと電車が来るというのはすごいことなんだと。一方で、いい意味で適当に回っている世界を見て、「もっと自由でいいんだ」「これやっていいんだ」「あれやっていいんだ」とも感じてもらえるのではないでしょうか。留学にしても、短期でもいいので、ハードルをもっと下げて、より多くの人たちが経験できればいいですね。
― 若者へのメッセージをお願いします。
10代、20代の頃は、やりたいことや不安、大人の声、その他さまざまな情報が入ってくるなど、混乱する時期だと思います。その中で大事にしてほしいのは、自分の「やりたい」という直感です。周りの声ではなく、自分の直感を信じて一歩踏み出してみてください。それがきっと、これからの人生を大きく変えるはずです。
とにかく、たくさん遊んで、多くの経験を積んでほしいと思っています。勉強はいつでもできます。むしろ、自分にしかできないことや「やってみたい」と思えることが見つかったら、迷わず挑戦してみてください。仮に失敗しても、そのときにどうするかを考えればいいのです。